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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
時間の許す限り。ごゆるりとお立ち寄り下さいね。

仕事を始めてからの簡単な活動記録です

1991(平成3)年 

戸枝、半田市の施設に採用され勤務始める。
小規模作業所「かめざき授産所」で働き始め、イベント時などに職員だけでは対応できないため、
母校の日本福祉大学校門前にてビラ配り。そのビラを見て、2名の学生がボランティアに来てくれる
ようになる。
このボランティア学生が増えて行き、ボランティアサークル「あ☆KIKOMA」が組織される。
「かめざき授産所」の様々な活動を支えてくれる。

1993(平成5)年 

作業所から卒業し、就労する人が社会的に孤立しないように、土日の社会参加活動の場を作る。
丁度、半田市の手をつなぐ親の会に所属する障害のある方の家族が「青年学級」活動を模索して
いたので、合流する。

当初月に1日の活動。本人主体の活動を志向し、本人のディスカッションにより、翌月の活動内容を
決めるというやり方。「あ☆KIKOMA」がサポートしてくれる(会員数60名ほどに成長)。

この活動の中から、将来を見据えた活動内容もということになり、管理費を持ち寄る形で家を
2軒借り、グループホームのための宿泊体験を始める。毎週土日にかけて宿泊体験実施。

この数年続いた「あ☆KIKOMA」を軸とした、社会参加支援と宿泊体験などが、活動の増大とともに、
ボランティア活動での限界を迎える形で、「生活支援サービスふわり」の母体となる。

1997(平成9)年

「青年学級」の保護者、半田市にグループホーム設置の陳情を繰り返し、市内に第1号ホームが
できる。

「知多地域障害者生活支援センターらいふ」が大府市にできる。その活動と思想に衝撃を受ける。

「第1回アメニティーフォーラムinしが」開催される。
自分と同じ想いを共有できる人が300名も集まっていることに感動。愛知に戻り2週間で退職願提出。

1998(平成10)年

勤務していた施設を退職。退職にあたり、勤務していた施設の保護者、社会参加活動などの関係者、
「あ☆KIKOMA」ボランティア達に、「出会った障害のある人達が入所施設などに行くことのない、
共生の街に知多をする!」と宣言。

「立派な経営者になる!」と、貯金と失業保険に支えられながら簿記やIT・労務などを勉強し始める。
周囲はしばし、唖然とし、傍観。

その合間に、各地のレスパイト事業所を見学・研究。
パンフレットを作って、せっせと障害のある方の家族を説得して回る。

「障害者をビジネスの対象にするなんてひどい奴だ」「行政から補助金もらってやれ」の声が圧倒的
に多い中、5組の家族が強く賛同。

拠点探しなどに奔走。不動産屋は門前払い。
決まりかかった家は、近所の反対運動。拠点探しに大苦戦する。
半田市社会福祉協議会職員・乙川新町の民生委員・そして大家さんのご理解とご助力で、
家が決まる。

1999(平成11)年

2月16日
1年間の準備期間を経て説明会を行う。60名を超える参加がある。

任意団体「障害のある方とご家族のための生活支援サービスふわり」開始。
どんなに障害が重くても生まれ育った地域で生活し続けることを願う5組の障害のある方の家族と
戸枝・木口・田中の3名のスタッフが、家を借りて、風呂・トイレ等を身障用に改装し、サービスの
企画をして、広く利用を呼びかける形で事業を立ち上げる。

レスパイト事業・社会参加支援事業開始(利用者50名)。
半田市に、ホームヘルプ事業などの事業委託を打診。実績がないと断られ、全額利用者負担の
私的契約サービスに。

5月27日
朝日新聞にて、「障害者の介護 ひと休みも大切 『家族支援の家』できた 商店街の民家を活用」
と題して、大きく取り上げられる。

朝日新聞:記事
http://toeda.info/manage/files/1268987322_095272800.jpg

1年目で、年間7000時間を越えるサービス提供をする。

2000(平成12)年

3月24日
任意団体からNPO法人へ(認証取得) NPO法人ふわり誕生。

私的契約サービスで出会った在宅の障害者、既存の施設に合わない養護学校卒業者の昼間の
活動の場を作るために、デイサービスを開始。
利用希望者5名。半田市から補助を断られ、無補助金・全額実費負担での船出。

レスパイト事業待機会員増大を受け、緊急性の高いと認められる人を優先して定員増(利用者75名)。
無補助金体制の中100名近い無償ボランティアがふわりを支えてくれる。その中から斎藤・加藤採用。
スタッフ5名体制。

7月1日〜3日
現代国際巨匠絵画展&ふわり活動展示会開催 フランスから画家を招き、絵画展を開く。
広く市民にふわりの活動をアピールし、1087名を動員。 マスコミに取り上げられ、ふわりの活動が
広く認知される。半田市の議員などが、ふわり助成に向けてヒアリングなどに訪れるようになる。

2001(平成13)年

2月
昼間の活動の場所つくりに自然養鶏(平飼養鶏)を開始。北海道から森垣聡氏を招いて
指導を受ける。200羽から始める。
生まれた卵は、地域の方に契約会員になって購入して頂く。

私的契約のレスパイト事業利用が順調に伸び、年間1万時間を越える。
平成13年度より兄弟利用、スタッフ育児保障制度、ふわり専用緊急用携帯電話使用開始。

4月3日  
板山保育園跡地を半田市より貸与され、「喫茶なちゅ」オープン。 駄菓子の販売をし、
地域の子どもたちがいつも来店。

半田市が開始直前になり、約束していた小規模作業所としての補助金支給の約束を反故にする。
利用者にこれ以上の経済的負担を掛けられないとの切実な判断から、障害者雇用制度を活用して
何とか運営をする。

結局、半田市はじめ、知多地域の行政には、支援費制度が始まるまで無補助金のまま放置される。
無償の地域ボランティア、保護者の日替わりボランティアなどにたくさん助けられる。

12月    
牛活動開始。 地域の牛舎に頼まれ、牛小屋でエサやりや掃除を行う(ほどなく終わる)。

2002(平成14)年

グループホーム「hanabitaikai」開所。NPO法人として、グループホームを認められたのは、
愛知県では初。全国で3番目。

「前例がない」を繰り返す愛知県と長いながい話し合いの日々があった。
ホームが、半田市の花火大会がきれいに見える高台にあったので、入居者が話し合って、
この名前になる。

愛知県「人にやさしい街作り大賞」受賞。
地域との関係性を重視した、ソフトの福祉ネットワーク作りが高く評価される。

2003(平成15)年

3月     
支援費制度開始に向けた 利用者契約説明会開催

4月1日
支援費制度開始 初めて福祉的補助を受ける
(結局、「生活支援サービスふわり」開所から丸4年・政治や行政には放置された)。
      
ホームヘルプサービス・児童デイサービスぴゅん・知的障害者デイサービスりら開始
平成15年度よりA会員利用料を¥700/時間から¥800/時間とする(最低賃金の上昇に合わせた)。
グループウェア導入・支援費ソフト導入

7月     
コンサルタント導入(株式会社P・Sサポート村田社長と出会う)ガバナンスの構築に向けて
動き出す。

8月18日
「障害のある方の一生涯を支える法人になるために」よりよい選択であろうということで、
社会福祉法人認可を目指す。

たくさんの善意と地元半田市の支援に支えられ、社会福祉法人の認可が下りる。
「むそう」と名付ける。

9月     
社会福祉法人事務説明会、施設建設のための地元説明会を開く。
半田市の横川・長根地区など施設建設予定地区の住民の皆さんに温かく迎えられる。

11月    
末期がんになった保護者からの子どもの財産管理や身上監護への切実な思いを聞き、
弁護士などと成年後見制度の利用について、話し合いを開始。
名古屋市弁護士会、愛知県社会福祉士会などが親身に相談に乗ってくれる。

後に、NPO法人地域福祉サポートちたにて、法人後見をすることとなる。
これがさらに後年、NPO法人知多地域成年後見センターに育つ。

2004(平成16)年

2月     
グループホーム2件目開始(なかよしホーム)

4月     
知的障害者デイサービスほっと開始。
9月31日
知的障害者デイサービスほっと廃止。
(社会福祉法人の事業実施までの半年だけのデイサービスになった)

10月1日
社会福祉法人むそう:知的障害者通所授産施設「アートスクウェア」開所。
盛大な開所式を行う。

うんぷう(中華茶房)、ティニーズコレクション(雑貨)などの活動開始。

2005(平成17)年

9月30日〜10月2日
アートスクウェアにて絵画展開催。1000名を越える動員。
半田市亀崎地区にて拠点整備をしようとしたが、ボタンの掛け違えか、
強い反対運動を受ける。結局、撤退。
絵画展などを通じて集めた寄付も含めて、板山地区に拠点を設けることとなる。
      
2006(平成18)年

4月 
半田市老人ホーム隣のデイサービスセンターを半田市より借りうける(2010年3月返却)。

10月  
"障害者自立支援法の施行により、全事業自立支援法新体系に移行する"
      
2007(平成19)年

4月 
「喫茶なちゅ有脇店」オープン。リハビリを中心とした「知多クリニック」内の喫茶店。
「リハビリをしている人達が、むそうの障害のある方達が一生懸命働く姿に励まされると
いいなぁと思って」という、院長先生の出店のお誘いの言葉に感動。

「しいたけハウスにょきにょき(椎茸栽培)」開始 自立支援法新体系移行の補助金活用
きのこ栽培をしていた方が高齢を理由に引退される仕事の備品や販路を譲り受ける。
軌道に乗るまでの指導もして頂いた。

7月  
ケアホーム3件目開始(セブンハウス)半田市より市民病院の医師住宅だった建物を
有償提供される。

NPO法人ふわり:むそうで展開する支援モデルを目指す事業所などのネットワーク組織
として再起動する。
      
2008(平成20)年

3月 
JR半田駅前商店街にて「狐坊庵(そばと大判焼きのお店)」オープン。
半田駅前商店街の皆さんや商工会議所などに多大なご支援を頂く。

4月  
半田市板山ふれあいセンター2階にて、学童保育「ひなたぼっこ」開始。
利用者3名の船出。

「障害のある子どもとない子どもが一緒にいられる共生の子ども時代」を目指す
第1歩と位置づける。

板山ふれあいセンターに、障害のある子どもも日中一時支援サービスなどで、
積極的に出掛けるようにする。

板山の喫茶なちゅの上に拠点整備。なちゅと合わせて「なちゅふぃ〜るど」と名付ける。

2009(平成21)年

ラーメン(うんぷう)移動販売車整備。全国各地で実演販売をし、
移動販売車という障害者の新しい働き方をアピールする。

移動販売車:新聞記事
http://toeda.info/manage/files/1268981507_083931900.jpg

6月
知多半田駅前に社会福祉法人むそう本部を移転。
1階を「生活支援センターあっと」、2階を研修所、3階を職員事務所とする。
あっとは国の助成金で整備。

8月
「私らしくmeeting知多」を開催。2日間で約3000名動員。
映画「降りてゆく生き方」上映会、ヒップホップグループライブなど行う。

2010年(平成22)年

4月
板山ふれあいセンター全体の事業委託を半田市より受ける。
2階の学童保育と合わせ、地域の子どもの育ちを支える大きな役割を担う。

「生活支援センターあっと」駅前の本部1階に引っ越し。


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