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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
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街の中でふわりふわりと考えるvol.21「駄菓子屋のおばちゃん その3」

 おばちゃんの焼きそばが食べたくて、三度、駄菓子屋に行った。いつものように、おばちゃんは、そこにいた。うっすら色付いた木々の芽のふくらみが、冬の終わりを告げ始めた頃だった。

 僕の顔を見るなり、おばちゃんは、一方的にしゃべり出す。「あらびっくり。今日は日曜日だから、誰も来ないかと思ったら、お客さんだね。どうしたんだい、どこかへ出掛けた帰りかい?」おばちゃんが腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がる。「焼きそばかい?あいにく、麺が少ししかないよ。いくら分、焼いて欲しいんだい」僕が、いつものように500円分欲しいというとおばちゃんしかめっ面。しばらく考えてから言った。「どう見ても、500円分はないね。とりあえず、全部焼いて、焼いた分より安くしてやるよ」

 僕が、それじゃあ、おばちゃんに悪いから、ある分だけ、ちゃんと払うよと言うと、おばちゃん、コテをパタパタ振り、しかめっ面のまま、「いいんだよ、おばちゃんが悪いんだから。あんたが欲しいと言った分の麺を用意していないおばちゃんが悪いんだよ。おまけは、お客の言う通りにできないおばちゃんの罪滅ぼしさ。気にしないで、おまけされておきな」と言う。おばちゃんのプロ根性と気迫に押されて、僕も、納得をし、おばちゃんのおまけを受け入れることにした。

 おばちゃんが焼きそばを焼き始めた。それを待つ間、僕は、最近のことをあれこれ考え始めた。
 今年度は、障害者福祉の制度が変わり、安くふわりが使えるようになって、急増した利用申し込みに、ヘルパーの確保と養成が間に合わず、利用者さんにかなり迷惑を掛けた。利用をお断りすると必ず言われる、「商売でやっているんだから、ちゃんと利用者の必要なだけ、支援を確保しなさいよ!」という声に、何なんだといちいち腹を立てた。障害のある方の安心して暮らし続けられるシステムを一緒に作って行こうと誓い合った人達が、すっかりビジネスライクになり、運動も担わずに権利だけ主張するようになったことが、うつ病になってしまうくらい嫌になってしまった。

 ああ、僕もおばちゃんのように、ビジネスライクにふわりを仕事と割り切り、オーダーを違えた場合には、自らにペナルティーを課して行くような、職業人にならなければいけないのだろうか。
 でもなぁ。ふわり代表って、働く側として、ビジネスライクに考えさせてもらえるなら、今すぐにでも辞めたいような仕事だしな。文句は言われても、褒められることなんてないし。どんな仕事でも、代表なんて、そんなものか。いや、怒られるのは、僕の運営や人格が問題なんだな。きっと。
 そんなことをジュージューという焼きそばを焼く音をBGMに考えた。どうも、最近疲れ過ぎているみたい。ふわりの運営、施設建設の準備、支援費単価引き下げ阻止の運動、新年度の体制作りや新入職員の指導、NPO法人で福祉事業所を作る団体への支援、地域福祉啓発の講演、各種相談支援・・・。もう、ちょっと限界かもね。お人好しを少し返上して、断るものは断らないと。一番ストレスになっているものは、何だろう?そこを整理しないといけないかもね。それって、ふわり?

 すっかりくら〜くなった僕の目に、おばちゃんの駄菓子屋の壁に貼ってある、ある新聞の切り抜きが飛び込んできた。それは、あるプロ野球選手に関する切り抜きだった。僕は、じっとそれを眺めて、ある事実に気が付いた。「あっ!おばちゃん。この選手、この駄菓子屋の常連だったんだ!」
 新聞の彼は、隣町の高校野球有力校で、エースとして甲子園に出場し、優勝投手となり、その年のドラフト1位で、パリーグの球団に入団。まだ、なかなか勝ち星は上がらないが、先発ローテーションに入り、エース候補として、将来を期待されている若手左腕。考えてみたら、彼は、おばちゃんの駄菓子屋のすぐ側にある中学校の出身。野球の練習帰りに、よく、この店に来たに違いない。

 おばちゃん、素っ気ない態度を取ろうとしながらも、自慢げな態度がにじみ出てしまうという感じで、答える。「ああ、彼かい。中学時分は、よく来てたよ。おばちゃんの焼きそばが好きなんだってさ。プロ野球選手にもなって、うまいもの一杯食べているだろうに、今でも年に一度は来るね。この間も美人の彼女を連れて来たさ」どうだい、驚いたろうという顔で、おばちゃんがちらりとこちらを伺う。「いい子だよ。昔から、野球がうまかったからさ。調子に乗っちゃダメだよ、人間どんなに才能あったって、努力しなくなったら、宝の持ち腐れになっちまうよって言い聞かせてさ。そしたら、はい、わかってますって、いつも言ってさ。才能ある人間が努力を忘れなかったら、鬼に金棒。そりゃ、プロに入る位わけないさ」また、おばちゃんがちらりとこちらを伺う。顔に大きく、彼はおばちゃんが育てたようなものさと書いてある。僕は、思わず、吹き出しそうになった。

 そこへタイミングよく、そのプロ野球選手の後輩にあたる、おばちゃんの駄菓子屋のすぐ近くの中学校野球部の生徒2人が入ってきた。真っ白なユニホームに白い帽子を被っている。背中には、野球バックとバットケース。その格好を見て、おばちゃんが子ども達に言った。「なんだい、今日は試合かい?」子ども達が領く。おばちゃんが続けざまに言った。「焼きそばは、もうないよ。で、試合は、勝ったのかい?負けたのかい?」子ども達がちょっと得意顔で、「勝ったよ」と言った。

 それを聞いたおばちゃんが、びっくり顔で、子ども達に言った。「まあ、それはご愁傷様だねぇ」意外な言葉に、子ども達が口を尖らせる。それを見て、おばちゃんが意地悪い声で言った。「練習試合で勝ってどうするのさ。試合に勝ったっていったって、いろいろなミスがあっただろう。運良く試合に負ければ、そのミスを反省するだろうに、勝っちまうと、浮かれて全部パッパラパーっと忘れちゃうだろ。強くなるには、練習試合は負けなくちゃ!勝つのは大会の時だけにしておきな」

 おばちゃんの言うことも道理だと、変に感心する僕。おばちゃんが、続けざまに子ども達に聞いた。「で、あんた達は活躍出来たのかい?」1人の子どもが言った。「僕はヒットを2本も打った」もう1人の子どもが言った。「僕はホームラン打った。今日の相手ピッチャーは、市内の中学選抜に選ばれているピッチャーでさ。そいつから、ホームラン打った」2人とも、鼻がピクビクするほどの得意顔。それを聞いたおばちゃん、両手に持っていた焼きそばを焼くコテを高くバンザイするように上げながら、大きな声で言った。「2人とも、すごいじゃないかよっ!頑張ったねぇ!」

 あまりのおばちゃんの喜びように、思春期真っ盛りの中学生2人は、恥ずかしそうにうつむいた。うつむきながらも、おばちゃんの言葉がうれしくて仕方ないという顔をした。
 僕は、はは〜んと心の中で思った。この2人、試合で活躍したから、休日でやっていないかも知れないこの店に、わざわざ来たのだ。駄菓子じゃなくて、おばちゃんの褒め言葉が欲しかったから。

 おばちゃんが言った。「で、先公は、なんて言った。監督さんはさ。さぞかし褒めてくれたろう?」子どもの1人が寂しそうに答えた。「何も言わなかった」おばちゃんが爆発した。「ダメだなぁ、その先公!うまく行って当たり前。ミスすりゃあ、あんた達を怒るんだろう。そんなことじゃ、あんた達も報われないね。頑張った時には、ちゃんと褒めてもらわないと、人は育たないよ」
 子ども達が笑った。おばちゃんが褒めてくれればそれでいいよという顔をした。1人でも自分をきちんと評価してくれる人がいるという事実。それがどれほど、人を支え、成長させるだろう。
 子ども達とおばちゃんのやり取りを聞いていて、あのプロ野球選手を育てたのは、本当にこのおばちゃんかも知れないなと思った。それを笑い飛ばそうとした自分を反省した。

 考えてみると。僕の人生にも、このおばちゃんのような人がたくさんいた。僕を認め、励ましてくれた人達が。一人ひとりの顔を思い浮かべる。障害のある人達の顔がとりわけたくさん浮かんだ。言葉ではない、笑顔でのご褒美。明日からも頑張らなきゃ。誰のために働いているのかを忘れずに。

出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」2004年2月 『街の中でふわりふわりと考える』“より


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