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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
時間の許す限り。ごゆるりとお立ち寄り下さいね。

街の中でふわりふわりと考えるvol.19「駄菓子屋のおばちゃん その2」

 おばちゃんの焼きそばが食べたくて、再び、駄菓子屋に行った。いつものように、おばちゃんは、そこにいた。サッカーのワールドカップで日本中が盛り上がっている頃だった。

 僕の顔を見るなり、おばちゃんは、一方的にしゃべり出す。「まったく嫌になっちゃうよ。あんた、おばちゃんの焼きそばが好きだから来たんだろ。でも、残念だね。おばちゃんの焼きそばは、もう、昔の焼きそばじゃないんだよ」事態の飲み込めない僕が、返事も出来ずに立っていると、おばちゃんが続けた。
 「細麺なんだよ、細麺。あ〜、嫌になっちゃう。おばちゃんの焼きそばは太麺だからうまかったのに。この店には、細麺の焼きそばしか売ってないんだよ。それでも、あんたは、食べるかね?」
 おばちゃんが、やっとしゃべるのを止め、じっと、こちらを伺う。こっちは、おばちゃんの焼きそばを食べに、遠く愛知から来ているんだ。食べない訳がない。僕が、「おばちゃんの焼きそばは細麺でもうまいと思うから、500円分頂戴」というと、おばちゃんは、不満顔。「細麺の焼きそば食べるなんて、あんたも物好きだね」と言いながら、しぶしぶ顔で、焼きそばを焼き始めた。

 鉄板にたっぷりラードを落としたおばちゃんが、ジュージューと焼きそばを焼きながら、話始めた。「いやさ、なんでうちの焼きそばが細麺になっちまったのかというとさ。おばちゃんの店の麺を打ってくれていた麺屋さんがさ。借金作って、返せなくなって麺を打つ機械を取られちゃったんだよ」どうだい、びっくりしたろうという顔で、おばちゃんが僕を見る。
 「借金作ったっていったって、麺屋さんは、そりゃあ真面目ないい人でさ。麺屋さんの夫婦が作った借金じゃないよ。それがさ。あの夫婦にどうしてこんな子どもがっていうくらい、息子がバカ息子でね。女遊びはするわ、酒は飲むは、博打にまで手を出す始末でさ。そのバカ息子が作った借金のために、麺を打つ機械まで取られたって訳さ」どうだい、やり切れない話だろうという顔で、おばちゃんが僕を見る。

 「飲む、打つ、買うの三冠王。今時、なかなかいない大バカ息子だよ。麺屋さんの夫婦は、本当に真面目ないい人なのにねぇ。子どもの教育間違えたために、今までコツコツやってきたことがすべてパーだからね。人生は厳しいよ」と言って、おばちゃん、は〜っと深くため息をついた。
 「孤独が大好きとか言っちゃって、肩ひじ張っている若者が増えているけれどさ。人間はさ。しょせん、ひとりでは生きられないだろう。おばちゃんも、ひとり身だからさ。家にいるだけじゃ寂しくってしょうがないから、いつも、子ども達が来ないかなぁって、この店についつい来ちゃうわけさ。人っていうのは、そういう生き物なんだよ。人がひとりでは生きられず、いろんな人と繋がっているとした時にさ。自分のやることが、悪いことだとしたら、巡りめぐって、必ず誰かを不幸せにするってことをさ、生きている限り、すべての人間が忘れちゃいけないんだわ」あんたは、それがわかっているのかという顔で、おばちゃんが僕を見る。何故だか、じっとりと脂汗をかく、僕。

 「麺屋さんも、一言、因果応報ってことを息子に教えれば良かったんだよね。因果応報。わかるかい、あんた」おばちゃんが、焼きそばを返していたコテで、僕を指した。僕が、これまた何故かドキマキしながら「今の行いが将来に報いとなって返ってくるっていう意味だよね。良い行いは、自分に幸せを、悪い行いは、自分に不幸を招くという感じで・・・」と答える。
 おばちゃん、鋭く「正解!」と言って、コテを焼きそばに戻した。「お陰で、おばちゃんまで、細麺を焼かなきゃならなくなって、あんたまで、細麺の焼きそばを食べなきゃならない。因果応報。
バカ息子にばちが当たるならいいけれど、他人まで巻き込まれたんじゃ、本当にたまったものじゃないよ。あんたも、気を付けないといけないよ」僕は、何故か、さらに脂汗が出てきた。背中がじっとり冷や汗で濡れている。思い返すと、悪いこといっぱいしているよな、俺。
 ああ、今日から、心を入れ替えよう。おばちゃんのコテかざしで、洗礼されたと考えて、今日から真っ当な人間になろう。おお、神よ、この駄菓子屋で悔い改めた迷える子羊に哀れみを。過去の悪行の数々をお許し下さい。アーメン。そうめん?みそら−めん??いや、僕が食べたいのは、ら−めんじゃなくて、焼きそばだった。太麺、確かにうまかった。麺屋のバカ息子許せねぇ。うう。

 おばちゃんの言葉に触発された迷える子羊の心の中で、悪魔と天使が闘い始め、良い人になろうとしてもなりきれない自分に嫌気が差した頃、焼きそばを焼いていたおばちゃんが、突然、叫んだ。

 「バカヤロー!負けちまえってんだ!」つい今しがたまで、人に人生を語り、教祖のような威厳を保っていたおばちゃんのあり得ないまでの豹変振りに、呆然とした僕が、おばちゃんをその訳を求めるように見つめると、おばちゃんが言った。「今テレビで、サッカーワールドカップのコマーシャルやってただろう。日本代表の試合を見ろってさ。冗談じゃないよ!誰が日本代表を応援なんかするかっていうんだよ!」

 あまりの剣幕にタジタジになりながら、考える。おばちゃんは、何で、日本代表にそんなに怒っているの?サッカー嫌いなら、そんなに反応しないだろうし。まさか、中津江村の出身で、カメルーンを応援している?日本とカメルーンは試合しないから、関係ないか。ん?

 僕の中で深まる謎を、おばちゃんがすぐさま解いてくれた。「ゴン中山を試合に出さない日本代表なんて、誰が応援するかっていうんだ!」そうか、ゴン中山が好きなのかと、僕が思い、「そうだよね。ゴン中山、見たいよね」と安易な相づちをうっかり打つと、お前は、おばちゃんの真意をわかっちゃいないよと、おばちゃんがさらに爆発した。
 「よおおぉぉ〜く、考えてごらんよ。誰のお陰で、今の日本サッカー界があるんだい。ゴンをはじめ、カズやラモス達が流した汗や涙の結晶が、日本のワールドカップ出場に繋がっているんじゃないか。ドーハの悲劇を忘れたのかい!あの苦しみがあってこそ、今の日本サッカー界があるんだよ!」カズやラモスが絶頂だった頃、勝てばワールドカップ初出場という試合で、ロスタイムに点を取られ、夢絶たれたドーハの悲劇。知っているだけですごいのに、そんなに思い入れを持っている70代って日本中探しても、そうはいないのではないか?おばちゃん、恐るべし。

 「ゴンは、そういう日本サッカー界の功労者全員の代表として、今、ワールドカップに出ているんだろう。だったら、ゴンを全試合使えっていうんだ!足ひきずっても、後半走れなくっても、出し続けろっていうんだ!誰のお陰で、今の日本代表があるっていうんだああぁぁ!」おばちゃんの怒りは大爆発。「だから、おばちゃんは言うんだよ。そんな日本代表は負けちまえってんだよ!」

 駄菓子屋が静まり返る。もう、僕に、うっかり口を開く勇気はない。短いピリッとした緊張感が流れた後、おばちゃんが、呟くように、とても悲しそうに言った。「ゴン中山を、大事にしろっていうんだよ。日本中の子ども達が見ているじゃないかよ。サッカーも、何もかもがベテランを大切にしないから、この国は、年寄りを大切にしないんじゃないか。誰のお陰で、今の日本があると思っているんだよ。身体をすり減らして、心をぎりぎりまで追い込んで、頑張ってがんばって来た人間がいるから、今があるんじゃないか。勝ち負けなんかどうでもいいから、ゴンを試合に出せ、大事にしろって言うんだよ。年寄りを大切にしろっていうんだよぅ・・・」

「細麺が嫌だったら、今生の別れだね」相変わらずの職人気質を見せつけながら、おばちゃんが、焼きそばをくれた。真面目にコツコツと頑張って来た人が報われない社会。因果応報。こんな仕組みのままでは、巡りめぐって、いつか自分もということに多くの人が気付くといいね。おばちゃん。

出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」2003年10月 『街の中でふわりふわりと考える』“より


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