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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
時間の許す限り。ごゆるりとお立ち寄り下さいね。

街の中でふわりふわりと考えるvol.18「ナ〜ンチャテ」

 もう、だいぶ以前のことになるが、友人の家に、イタリア人の夫婦が遊びに来たことがあった。聞くところによると、その友人の奥さんが、以前に語学留学でイギリスにいた時に知り合ったのが、イタリア人夫婦の奥さんの方だとのことで、それ以来、交友を深めているらしい。

 その時、イタリア人夫婦が日本に来たのは、ハネムーンの途中に寄ったとのこと。日本にせっかく来たのだからと、友人宅を訪れ、ホームパーティーを開いてイタリア料理を振舞うから、日本の友人を呼べと言ったらしい。その結果、僕に白羽の矢が立った。

 話を聞くと、この夫婦、旦那は弁護士、奥さんは飲食店の経営者ということで、えらい金持ちらしい。ハネムーンも、タイのプーケットにある別荘に2ケ月近く滞在していて、その帰りに日本ということらしい。日本人が、2ヶ月もハネムーンしちゃったら、まず間違いなくクビだろう。
 だいたい、イタリア人は、夏のバカンスで1ヶ月休んじゃうとかいうことは、別にハネムーンじゃなくても普通だというし、普段の生活でも、シェスタとかいって、午後に数時間、思いっきり休憩してしまうのも、大げさではなくて、本当らしい。

 そういえば。昔、ヨーロッパの人は年次有給休暇を平均42日ほど持っていて、完壁に使い切るのに、日本人は20日間しか持っていなくて、その消化率は55%(9日は使わない)というデータを見たことがある。何なのだろう、この生活のゆとりの差は。

 そんなことをもんもんと考えていると、アントニオとアレキサンドラという名のイタリア人夫婦、ひそひそと、友人の奥さんに耳打ちをしている。英語で話しているのだが、何となく、僕のことを話していることがわかった。引きつった笑顔を友人の奥さんに向け、実は、外国人大苦手な僕、何を言われるのかと緊張して待つ。友人奥さん、イタリア人の話を聞き終わり、笑いを堪えに堪えながら僕に言った。

 「二人がね。ひろもとは笑った時に、目がすごく細くなるけれど、あの時には前が見えているのかと言ってるよ」そこまで、言い終わると、友人奥さん、ぷ〜ぷぷと堪えていたものを吐き出すかのように笑った。僕は、むっとした。でも、外国人大苦手ではあるが、そこは国際人戸枝。ぐっと堪えて切り返す。

 「君達二人は、そんなに目を見開いていて、目が乾燥して困ったりはしないかと言ってくれ」奥さんが通訳をした。二人は、驚いた顔をして、こちらに振り向き、肩をすくめて両手を水平に開き、そんなことないよポーズ。すかさず、僕も、目を指差して、同じようにそんなことないよのポーズ。二人はどっと笑って、いっぺんに打ち解けた。日本男児、完勝。

 二人の作ってくれた、イタリアの家庭料理は、とにかくうまかった。よせばいいのに、前日に友人が連れて行った日本料理の店で、デビルフィッシュ(イタリア人はタコをそう呼んで食べたがらないらしい)をよりによって刺身で(イタリア人は魚介類の生食はあまりしないらしい)出され、うんざりしていたイタリア人夫婦も、やっと食べたまともな食事に、実に満足そうだった。

 ハネムーンの最中なのだから、仕方がないと思うが、二人は、とにかく仲がいいというか、ずっとイチャついている。あまりのイチャイチャぶりに日本男児、怒った。
 友人奥さんに言った。「日本に来たら、恥の文化をわきまえて、人前でイチャイチャするなと言ってやれ」奥さん、ちょっと反論。「最近は日本人だって、人前でイチャイチャしているじゃん。イタリア人並みにさ」日本男児、激怒。「人前でイチャイチャしている日本人が間違っているんだ!」そのやり取りをじっと聞いていた二人が、けげんそうに聞いてきた。「イチャイチャ?」

 友人奥さん、あわてて、イチャイチャとは何かを英語で通訳する。僕が英語を解らないと思ってだろうが、どうも、聞いていると、「イチャイチャという日本語の意味は、愛し合うもの同志が、人前でその熱い気持ちを素直に表現することだ」みたいな説明をしていた気がする。僕の中では、イチャイチャは、言い換えると「デレデレ」とか「ベタベタ」とか、そういう感じのマイナスイメージなのだが、奥さんの説明は、間違いなく「ラブラブ」に近い、プラスイメージでの説明だった。
 説明を聞き終えた二人、案の定、すごくうれしそうな顔をして僕の方に向き、肩を組んで頬をお互いにすりすりしながら、「イチャイチャ〜ア」と言った。ダメだ。彼らはすっかり、イチャイチャをラブラブとして理解した。違う、違うのだ。

 間違った文化を理解したついでといっては何だが、仕方がないので、ご飯の片付けで友人夫婦が動き回っている間に、僕は、イタリア人夫婦に、片言の英語でアメリカンジョークを飛ばしては、その後に、しきりに、「なんちゃって」と言って、頭に両手をおサルのように突き立て、笑ってやった。すると、二人は、まさに大きな釣り針が付いた餌に食いつく魚のように、興味津々で聞いて来た。「ナ〜ンチャテ?」
 ここぞとばかりに、僕は言った。「イエ〜ス!ナ〜ンチャテ」そして、とても思慮深い顔をしながら、手をあごに当てて説明してやった。「ナ〜ンチャテ イズ ジャパニーズ ナンバーワン ベリーフェーマス ギャグ」二人はオ〜!と歓声を上げる。僕は続けた。「イッツ ミーン ソー ライク ア イッツ アメリカンジョーク!」二人は、さらにオー!と言って、目をキラキラさせている。魚はしっかり針に食いついたようだ。僕は仕上げにかかった。「リピート アフター ミィ」そして、勢いよく、すごくまじめな顔で手を頭に当てる。「な〜んちゃって!」イタリア人夫婦が、これでいいのかという不安顔で、僕を見つめながら、揃いの動作をした。「ナ〜ンチャテ!」

 「グ〜!ベリベリグ〜!」僕が激賞すると、二人の不安顔は、たちまち満面の笑顔になった。そして、その後からは、明らかに、二人と僕の関係性が変わった。そう。それは師弟関係。「ナ〜ンチャテ」を教えてくれた師匠に対する尊敬の念。うーん。こういうのは、海を越える関係性なんだな。日本男児、完勝。合掌。

 食事の片付けが済むと、イタリアにはプリクラがないというので、二人をゲームセンターに連れて行った。二人で大騒ぎをしてプリクラを撮っていたと思ったら、アレキサンドラが僕の方に走って来た。「シロッモト〜!」しろ・もと?白基?ん?ああ、ひろもと。僕のことか。
 頭で訳のわからない変換をしていたら、アレキサンドラがアントニオとキスをしているプリクラを見せてきた。アレキサンドラ、にやりと笑い、僕の耳元で「イチャイチャ」とささやいた。さらに、すかさず続けた。「ナ〜ンチャテ」完壁だ。足の開きもいい。もう、君に教えることは何もない。

 あれから、数年。たまに、今頃、日本では死語になってしまった、「なんちゃって」が、海を越え、イタリア南部で流行っているのではと考え、ぞくぞくすることがある。
 別れ際、新幹線のホームで、アントニオが目にうっすら涙を溜めて、「シーユーネクスト インイタリー OK」というので、つい「オフコース!」と言ってしまった。そのせいで、その後、何回もいつ来るんだFAXが、イタリアから来ていたが、最近はさすがに途絶えた。イタリア人のようなゆとりある生活なら行くんだけどな、イタリア。ああ。僕は、忙しさの中で、彼らが持っている人を想う余裕もなくしているのかも。ファックスに返信もしなかったし。福祉という人を想う仕事をしている人はイタリア人のような余裕のあるライフスタイルじゃないといけないよな。反省。

出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」2003年7月 『街の中でふわりふわりと考える』“より


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