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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
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街の中でふわりふわりと考えるvol.17「支援費制度」

 ふわりを始めて早くも5度目の春を迎えた。この5年の月日が流れるスピードは、あまりの忙しさで、今流行りのドックイヤーというよりは、どちらかというと、浦島太郎のような、1週間で何年も年を取るような時間感覚に思える。そのためか、疲れている割には、5年も全速力で走ったという実感はない。

 しかし、振り返って見ると、確かに5年の月日が流れている。その証拠に、1軒家を改装して、たった3人のスタッフと5人の利用者から立ち上げたふわりという事業所は、NPO法人格を取り、あれよあれよという間に、20人近いスタッフと100人近いヘルパーやサポーターを抱え、100人を悠に越える利用者に利用していただき、たくさんの賛助会員さんや地域の方に支えられて活動する団体になった。活動拠点も、生活支援をするお泊りハウスを皮切りに、喫茶店、鶏小屋と卵拭きの拠点、グループホーム、ヘルパーステーション兼法人本部事務所、そして、この春にデイサービスをやるために借りた拠点と次々に展開をしている。

 ふわりを始めてからここまで、心の中でごめんねと手を合わせながらも、スタッフ達に無理な頑張りを強いて、こんな短時間にここまでの展開をしてきたのはなぜか。
 それは、まずは、代表である僕が、目の前の困った、助けての声に次々に手を出してしまう、自分の力量をきちんと把握し自制できない、心の弱い人間だったということに原因があると素直に思う。

 けれど同時に、自分の中では、この春始まった、障害福祉も利用契約制に移行する支援費制度への準備でもあった。国が言っている、「支援費制度で施設から地域へ」というキャッチフレーズが本当であるとしたら、支援費制度が始まる時には、たくさんのお金が地域福祉に流れ、たくさんの地域で暮らしたいという障害当事者の想いが生まれると思ったからだ。それにきちんと応える組織になりたい。その一心で、組織展開を図ってきた。

 で、支援費制度が始まってどうだったかというと。結論からいうと、こんなの福祉じゃない。僕の母校、日本福祉大学では、確か、福祉というものは、弱い立場の人から使うものだと先生達皆が教えてくれた。しかし、この春始まった支援費制度では、どうも、そういった感じにはなっていない。

 支援費制度の説明会や勉強会に参加できない高齢の親を持つ障害のある方や、情報を取ることそのものに障害がある視覚や聴覚障害の方達などは、支援費を使えていないどころか、役所の窓口で行なう、支援費を使うための申し込みに当たる、支給申請にも行けていない人も多い。どうしてこんな状態が生まれたのか。それは、介護保険制度でいうところの、ケアマネージャー(介護支援専門員)が制度化されなかったことに原因があるように思う。

 例えば、高齢の方が、大腿骨骨折をしたとする。歩いていて転んだとか、風呂場で転倒したとか、結構、普通の生活場面での事故が多いと聞く。そういった場合、まずは病院に入院となる。
 今の病院は、本人が立てるほどに回復していなくても、治療が終わり、訪問診療や看護、通院でのリハビリでいいという状態になれば、たちどころに退院となり、家に戻ることとなる。そして、その結果、家庭に寝たきりのお年寄りが生まれることとなる。

 世の中、そういったことがたくさん起こるようになっているのだから、ちゃんとそのための対策がされている。大抵の場合、病院からの退院が決まると、病院のケースワーカーや在宅介護支援センターなどが動いて、そのお年寄りの家庭に帰ってからの生活支援をどうするのかを用意し始める。
 その中で、大きな役割を果たすのが、ケアマネージャーだ。

 お年寄りが、家庭に帰ると、ケアマネージャーが、家に来る。ごはんが自分で食べられるか、痴呆が始まっていないか、座る姿勢が取れるかなど、日常の生活動作や知的な状況など、81項目のチェックをする。そして、それに基づいて、その人の介護度と介護保険で使える支援の金額を決め、その人や家族の状況からどんなサービスを使って1週間、1ヶ月、1年を組み立てるのかを提案してくれる。

 このケアマネージャーのお陰で、お年寄りも、家族も、介護保険の詳しい仕組みや、もちろん法律なんか知らなくても、介護保険のサービスを使うことが出来るわけだ。出来上がったケアプランを見て、「もっとこうしてほしい」とか、「デイサービスはあそこがいい」とか言えば、実際のサービス利用に繋がっていく。

 そんなありがたいケアマネージャーが、支援費制度ではいない。国の説明では、いないのではなくて、役所の福祉課がやることになっている。知多の各自治体の支援費制度担当者は、それこそ、この春は、徹夜モードで、支援費制度への準備をし、勉強をして下さっているけれど。だとしても、基本的には、福祉を専門にやってきた訳ではない人が多いし、だいたい、このために、職員を増やしてもらった訳でもないので、質・量ともに、ケアマネージャーがいるという状態は作り切れていないと思う。もちろん、介護保険のケアマネージャーのように、たくさんの人の家庭にお伺いしての対応など、できていない。

 そんな訳で、この春始まった支援費制度。もともと、支援費制度に強い関心を持ち、しっかりと勉強して、役所の窓口に行った人しか使えないという状況が生まれている。僕とすれば、ふわりを始めてからのこの5年、一番苦しかったのは、お金がない人へサービス提供が必要に応じてきちんとできなかったことだから、この春こそ、まさに、「必要な人に 必要な時に 必要なサービスを」提供するというふわりを始めた時の想いが名実ともに実現すると期待していただけに、がく然とする気持ちだ。

 どうしてこんな大きな欠陥を持った仕組みになったのか。そこを考えると、支援費制度の未来が垣間見えてくる。ケアマネージャーを作ることに関しては、障害のある方の団体から、強い反対意見があったと聞く。「自分の人生は自分で決める。支援費制度をどのように使うかも、自分で決める」ごもっとも。しかし、そういったことをするということ自体が、障害である人の場合、どうすればいいのか。 
 僕の周りには、そういう人がやたら多いのだけれど。僕の周りの人達はケアマネージャーいたらいいなと言っている。選択肢をもっとわかりやすく説明して欲しいと言っている。でも、実際には誰もそれをしてくれない。これは、財政事情で、新たな仕組みは作れなかったということも理由としては大きいだろうけれど、何より、障害のある人達の声がひとつでないことに原因があるように思う。

 障害福祉と一言で言うけれど。障害というのは、実に多様で、必要な支援は様々。人によっては、ケアマネージャーが出来たとしても、介護保険のように、コンピューターソフトで、ケアプランが出てくるような単純な調整では、何ともならない複雑な状態の人も多い。そういった、多様な状態の人々が、制度の改善ひとつでも、一致して要望ができるのか。支援費制度が始めから欠陥があるとして、そこが、これからは、重要になってくるように思う。

 ケアマネージャーひとつでも、欲しい人もいる。欲しくない人もいる。必要な支援が違う人同士が、同じ制度を使っている。家庭の状況も違う。生きたい人生も違う。住んでいる街の財政状況も規模も違う。それでも、同じ制度を使っている。その制度で、自分らしく自己実現をしたいと思っている。そこは、皆一緒。皆、ノーマライゼーションになったらいいなと思っている。そこで繋がれるか。

 想像することが大切だと思う。他人の痛みや思いを想像し、共感し、共有する力が必要だと思う。他人の助けてをきちんと支えた時に自分も支えられる。その当たり前が当たり前になりますように。
 ふわりも新たなスタートラインに立っただけなんだろうな。まだしばらく、走るのですね、きっと。

出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」2003年4月 『街の中でふわりふわりと考える』“より


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