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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
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街の中でふわりふわりと考えるvol.11「北海道鶏男」

 2月にふわりの鳥小屋に来たひよこ達が、大きくなり、たまごを産み始めた。やはり、2月に来た大きな鶏達と合わせて、毎日150個ほどのたまごが産まれている。1年で一番寒い季節に生まれたひよこ達は、記録的な今年の暑さにも、早々に来た台風にも負けず、自然で安全ないい餌を食べてたくましく育ち、元気に走り回り、毎日おいしいたまごを産んでくれている。そんな、鶏達が元気に駆け回る小屋に行くたび、僕は、鳥小屋を作った頃を思い出す。

 鳥小屋作りに取り組んだのは、昨年の12月だった。僕は、ずっと、障害のある方の働き場所として、体を動かし、心も癒され、しかも、仕事は単純という養鶏の仕事は、ひとつの理想的な仕事と思い、やりたいやりたいと言い続けていた。言い続けていると、不思議と何とかなるもので、ある方が、使っていない土地を貸して下さることになり、場所の目処がついた。後は、ノウハウと思っていると、僕が、施設職員だった頃にやっていたボランティア活動を一緒にしていた学生が、大学卒業後、北海道で、やはり鶏の平飼いをやっていることを知る。彼(以下、北海道鶏男と記す)にお願いをすると、ふたつ返事で、ふわりに出稼ぎ?という形で、指導に来てくれることになった。

 北海道鶏男は、僕と同じ、日本福祉大学の社会福祉学部を卒業しているのだけれど、志あって、福祉ではなく農業を選んだ、ちょっと変わり者だ。ふわりに来た日は、お土産に、自分のうちで採れたたまごを持って来てくれた。いつも飢えているふわりスタッフは、早速そのたまごを頂くことになる。「たまごの味を見るには、やっぱ、生でなきゃ!」と呟き、いそいそとたまごかけご飯の用意をするスタッフ。僕も用意をしてもらい、一緒に食べようとすると、用意をした横にいるスタッフが、クンクンとたまごかけご飯のにおいを嗅ぎ始めた。

 僕が食べようと箸を持ち、お椀を持つ間も、横のスタッフは、クンクンしている。「ふわり会員のお母ちゃん達に見つかったら、はしたないって、また叱られるぞ」と、僕が、注意しようとした瞬間、そのスタッフが、解らないことを言い出した。「とえとえ(ふわり女性スタッフは、僕のことをばかにして、こう呼んでいる)このたまご、魚のにおいがする」

 僕は、まさにコントのようなリアクションをしてしまった。「アホなこと言うな。何で、たまごで魚のにおいがすんねん。食べてみたらわかるやろ、たまごはたまごやろ」ずっずずとたまごかけご飯を食べてみる。「うん?ん?何でやぁ!魚のにおいだけじゃなくて、あらの味までするでぇ!」

 「でしょぉ!」と天下を取ったように踏ん反り返るクンクンスタッフ。丁度そこに、北海道鶏男がやって来た。「あっ、いいところに来た。このたまご、魚の美味しい味がするんだけど、気のせい?」クンクンスタッフが、聞く。鶏男は、よくぞ気付いたなという感じのニヤリ笑いを浮かべながら、教えてくれた。「ああ、うちの養鶏場は漁港に近いもんで、漁港でもらったあらを煮て、タンパク質として、鶏にやっているから、それが出ているんだよ、きっと」

 たまごは、本当に食べたものがそのまま出ると、聞いていたけれど、これほどストレートに出るとはと感心しきり。不思議な思いのまま、あらのダシがたまらないたまごかけご飯を頬張る。すると、鶏男が、横にどっかり座り「海岸に打ち上げられている、ワカメや昆布も、緑餌(葉っぱの餌)の替わりに使えないかと考えている」などど、さらに訳のわからないことをしゃべり始めた。発想が恐るべし。ちびちびと飲んでいた日本酒の力も手伝い、北海道鶏男が、いつになくたくさん話しをし始めた。

 「魚を食べさせたら、魚の味が出ちゃうくらい、たまごっていうのは、母鶏の食生活がすべてなんだよ。それなのに、ケージで飼っている鶏は、病気を防ぐために、抗生物質なんかを使っていることが多い。運動もさせてもらってないし、そんな状態では、健康で安全なたまごになる訳ないでしょ」

 そりゃそうだなと思う。ふわりの会員さんには、アトピーやアレルギーの人が多い。その多くが、たまごがアレルゲンであるのも、その辺りに関係があるのだろう。僕自身、この仕事をするようになってから、障害がどこから来るのかという勉強をする中で、食の安全にすごく関心を持って勉強してきたけれど、そんな、卓上の理論より、実際に全国の農地を見てきた鶏男の言葉には、実に重みがある。

 「野菜を作る農家の中には、自分達の食べる分には農薬を使わないで、出荷するものには、農薬を使っているところも多い」鶏男が言うと、聞いていたスタッフが「ひどーい」と呟く。それを聞いて、鶏男が淡々と続けた。「そう思うかも知れないけど、俺は、消費者が悪いと思うんだよね。自分だって、大根や人参の漂白剤使ってピカピカのと泥だらけのものだったら、ピカピカの方を買うでしょ?まっすぐきれいだけど、味もそっけもないきゅうりと曲がったきゅうりだったら、例え、曲がったきゅうりの方が味わい深くても、まっすぐのきゅうりを買うでしょ?同じことで、安全で美味くても、虫食いの野菜を買う消費者は、まだまだ少ない。だから、農家は、良くないと思っていても、農薬を使わざるを得ないんだよ。売れなきゃ、生活できないからね」

 うーん、その通り。農家といえども市場原理で動いているのだから、売れてなんぼだ。売れるためには、消費者の求めるものを作らなくてはならない。消費者が求めているものとは、見た目がよく、手間を掛けず調理でき、何より安いものだと思う。どんなに美味しくても、形が悪く、泥がついていて、手間暇を掛けてあるぶん高いものは、なかなか消費者に受け入れられないのだ。

 「安全な食べ物を食べるということは、農薬などによる環境破壊から自然を守り、環境を整え、その結果、自分の健康が守られ、産まれて来る子どもを守るということなんだよ。全部つながっているんだよ。そのためには、ちょっと高い食べ物を食べなきゃいけないってことに、消費者が気が付かない限り、農家も変わり様がない。悪循環なんだよ。たまごが先か、鶏が先かだな」

 たまごかけご飯の後のお酒で、すっかり酔っ払った僕も、ふーっと大きな溜息をつく。今までの日本の社会って、みんなそうだよなと思う。コストダウンをするために、規格化された無個性なものを大量に生産し、次々に市場に売り出す。そして、売り手の都合を正当化し、それを売るために「同じことはいいことだ」というフレーズが、メディアなどを使った広告で溢れんばかりに流された。その結果、消費者にみんな同じものを同じように、身につけたり使ったりするのが美徳だと思い込まされた。

 僕は、口を開いた。「ふわりって、泥だらけで曲がった大根だよね」一瞬にして意味を理解し、皆が笑う。あるスタッフが大笑いしながら言った。「本当だよね。行政の補助金がないから利用料高いし、一生懸命だけどいろいろ失敗もするから、会員さんから見たらすごく手が掛かるし」そこまで言って、急に声のトーンが低くなる。「問題は、大量生産、無個性均一商品達よりうまいかだよね」いきなりの鋭い指摘に、想いだけ熱くて、いつも失敗ばかりのスタッフ一同、しばし沈黙して固まる。

 すると、北海道鶏男が言った。「大丈夫。こんなにたくさんの人が買ってくれているんだから」そして続けた。「泥だらけで曲がっていても、美味しい大根がいいっていう、そんな本物のわかる消費者も少数だけど、出てきてはいる。福祉の世界だって、一緒でしょ」その瞬間、住んでいる世界は違うけれど、北海道鶏男と僕たちは、目指していることは、まるっきり一緒のように思った。

 ナンバーワンじゃなくてオンリーワンの、いい商品を届けたい。本当に健康で美味しいものを知ってもらいたい。今日も福祉の世界で、泥だらけで曲がっていて、手間暇掛けてあるぶん高くて、当たり障りのない薄味福祉に慣れてしまった消費者には、この良さがわからないかもしれないけれど、昔の大根のようにピリッと辛い、通を唸らせる、味わい深いふわりでありたい。

出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」2001年10月 『街の中でふわりふわりと考える』“より


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