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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
時間の許す限り。ごゆるりとお立ち寄り下さいね。

街の中でふわりふわりと考えるvol.9「さるの脳味噌」

 先日の夜、イベント後の送迎が終わり、10時近くなってすっかり静まり返った街をふわりの車で走っていた時のこと。ふわりまで後ちょっとというところまで来た時、道の脇から猫が一匹、突然、僕の車の前に走り出た。
 「危ない!」と僕がブレーキを踏もうと思った瞬間、道の途中まで出てきた猫の方も、僕の車を発見して驚き、道の真ん中で止まった。そして、次の瞬間、その猫が、僕の中の常識を覆す、驚くべき行動をとった。くるりと向きを変えて、一目散に出てきた方向に走り去ったのだ。

 僕は、その瞬間、大いに驚くとともに、深い疑念を持った。僕が、驚いたのには訳がある。その瞬間まで、僕は、猫は道に飛び出し、驚いた時、固まってしまって引き返すことが出来ないため、犬よりたくさんひかれるのだと信じていた。その僕の中の常識が、見事に覆されたことに驚いたのだ。深い疑念は、父に向けられていた。僕の、猫は引き返せないという知識は、幼い頃、父から教わったことだった。
 しかし、この父というのが食わせ者で、子どもにうそを教えて面白がるという悪い癖がある。僕は、過去にいくつもの父のうそを鵜呑みにし、かなり時間が経ってから事実を確認、悔しい思いをしている。
 今回も、20年の時を経て爆発した時限爆弾のような、父のうそなのではないかという疑いの気持ちが、僕の中でどんどん大きくなる。それと同時に、今までの父のうその数々が頭の中に甦ってきた。

 父のうそというのは、基本的に悪意はない。単純に子どもをからかって、ひとり心の中でぷーっと笑っているのだ。しかし、純真なおぼっちゃまだった幼い頃の僕には、かなり許し難い行為で、そのために数々のうそが記憶にくっきり残っているのだと思う。どんなうそをつくのかというと、こんな感じだ。

 ある時、透き通るような青空の日、父と散歩をしていた時のこと。「何で?どうして?」と何でも聞く、好奇心が服を着ているような子どもだった僕は、空にぽっかりと白い穴のようなものがあることに気がついた。僕は父に尋ねた。

 「ねぇ、パパ!(注:僕は、パパ・ママ家庭で育った。ん?似合わない?何で?)あの空にある白い穴は何?どうしてあそこだけ丸く白くなっているの?」面倒臭そうに空を見上げた父が、突然、自分の閃きにウキウキして、楽しそうな顔になり答えた。「何だ、ひろもとはそんなことも知らないのか。あれは地球の出口だ」

 思いもしない、ナイスな答えに、僕は、驚きのあまり、外国の人のようなオーバーアクションで叫ぶ。「オー!あそこから、宇宙に行くの?すげー!」大喜びの僕に、話しの信憑性を上げるため、父が留めとばかりに呟く。「パパも昔は、あそこからアメリカのアポロ宇宙船が出ていくのを、日の丸と星条旗を振って、頑張れって声をあげて応援したものさ」その目は、うっとりしている。

 「すっげぇー!パパ、アポロ見たのぉ!」ただの大工だとばかり思っていた父が、実はすごい人だったと知り、僕の興奮は最高潮に達した。その、僕の興奮ぶりを、父はとても満足気に眺めていた。

 それから、数年経ち、小学5年生の理科の時間。先生に、昼間に出る月、新月の写真を見せられ、「これ、何だと思いますかぁ?」という質問され、クラスでひとりだけ、自信満々で手を挙げ、「地球の出口!」と答え、大笑いされた時の悔しさといったら。そして、その怒りを家に帰って父にぶつけたときの何ともいえない満足気な顔といったら。今考えても、腹が立つ。
 
 こんなこともあった。うちの父は、たらの精巣「しらこ」をみそ汁に入れて食べるのが好きだった。僕も、一緒に、小さい頃から食べていたが、ある日突然、この見るからにちっちゃい脳味噌のようなものは、何なんだろうと思い、何気なく、横に座っていた父に聞いてみた。「ねぇ、パパ。このみそ汁の具、何なの?」父の目がきらりと光る。「何だ、ひろもとはそんなことも知らないのか。これは、さるの脳味噌だ」そういって、旨そうにひとつ、口に入れる。

 予想もしないショッキングな答えに、僕は箸で挟んでいた脳味噌?をポトリとお椀に落とし、うそだよねというすがるような目で父を見上げる。話しの信憑性を上げるため、父は留めとばかりに呟く。
 「ひろもとは実験動物って知ってるだろ?医学の研究のために解剖されたりする動物さ。あれは、人間に一番近いさるを使うことが多くてな。その実験で死んださるの頭をくり抜いて集めたのが、このさるの脳味噌さ」急に、父は物憂げな悲しい顔になって言った。「ひろもと。食べ物は、みんな、いろいろな生き物の命を頂いているんだから、粗末にしてはいけないよ」

 とてもいいことを言っているようだが、ただ単に、脳味噌と聞いた僕が、みそ汁を残すのを牽制していただけなのだ。そんなことも知らない僕は、僕のために頭をえぐられたであろうおさるさんの命を無駄にしないために、必死になって、脳味噌?をひとつずつ口に入れる。そして、その1つひとつを飲み込む度に、一回ずつご冥福を祈るお祈りをした。

 それ以来、しらこのみそ汁が食卓にあがる度に、僕は心の中で、「ひーっ!」と小さな悲鳴をあげていた。でも、僕の家は、出された食事を残したりすると、とても叱られる家だったので、ひとつ飲み込んでは祈り、ひとつ飲み込んでは祈りしてなんとか食べていた。

 ところが、ある日、家族で近所のとりせんというスーパーに行くと、さるの脳味噌がよりによって、魚コーナーに並べてあった。勝手に肉コーナーにあるべきだと思っていた僕は、母に尋ねる。「ねえ、さるの脳味噌、何で、魚コーナーなの?」母がけげんそうに答える。「さるの脳味噌?」
 僕は、パックを持ち、母に見せた。母は言った。「それは、しらこ。たらのお腹に入っているから魚コーナーでしょ」僕は、怒りというよりはショックで、父のところにしらこパックを持って劇走する。「パパ!さるじゃないじゃん!」僕が叫ぶと、瞬時にすべてを察した父が、うれしそうに答えた。

 「そんなのが、さるの脳味噌の訳ないだろう。そんなこと信じるお前が悪い」さらに、続けた。「ひろもと、世間には、もっと恐いうそをつく人がたくさんいるんだぞ。その人達に騙されないためには、方法はひとつ。何でも鵜呑みにしないで、自分でうそか本当か確かめるんだ。わったか?」あまりに理不尽な逆襲に、モヤモヤとしながらも、変な説得力を感じ、しょぼくれる僕。

 父の言葉は、逆ギレというか、理不尽な気がしたが、言っていることは正論で、お蔭様で僕は、世間が思っているよりずっと疑い深い性格に育った。「何で?どうして?」とすぐに疑問に思う性質は変わらないので、調べ事が多く大変だ。調べ事をする時、うそか本当かを確かめるには、できるだけゆがんでいない情報に接することが大事だということが、いろいろな経験から、痛感されるようになってきた。だから、父の教えを胸に、今では、その情報の発信元にできるだけ直接確かめるよう心掛けている。

 この春、ふわりは社会福祉法人化しての授産施設作り、グループホームの開所、ホームヘルプ事業の制度化など、いよいよ、大きな目標を具体化するために動き出す。それについて、いろいろな噂が流れ、その対応に苦慮している。その有様を見ていて、これからの「自己責任」がキーワードの世の中で、この人達は大丈夫なのかと心配をする。これからは、自分で様々な情報を集め、自分の責任でいろいろな選択をする時代になる。誤った情報に踊らされても「自己責任」だ。介護保険を見てわかるように、福祉だって例外ではない。正しい選択をするためにはどんな心掛けをしなければならないのか。

 今度、父に会ったら、猫のこと、確かめよう。自分でも、インターネットで調べてみようかな。猫は、なぜひかれるのか。父の説明、結構、説得力あったけどな。

出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」2001年4月 『街の中でふわりふわりと考える』“より


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