戸枝Twitter戸枝blogふわりへリンクむそうへリンク
Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
時間の許す限り。ごゆるりとお立ち寄り下さいね。

街の中でふわりふわりと考えるvol.8「駄菓子屋のおばちゃん」

 昨年の紅葉の時期、久し振りに実家のある、群馬県太田市に帰った。僕は、太田に帰るとどうも、ろくでなしだった頃の自分を思い出してしまい、いやーな気分になるので、よほどのことがない限り近寄らないようにしている。しかし、今回は姉の結婚なので、帰らないわけにはいかない。中央道・関越道と乗り継ぎ、7時間ほど車を飛ばして群馬に着いた。

 やわらかな日差しの秋晴れの中行われた結婚式は、すべての人が祝福する素晴らしいものだった。

 35歳の姉が、22歳の男の子と結婚するとあって、「私は絶対反対!ルミ子になるに決まっているわ」と、やはり若い旦那をもらい、逃げられた某有名歌手に自分の娘をなぞらえ、むちゃくちゃな反対をしていた母も、その男の子の誠実な人柄に心を入れ替えてくれたようで、うれしそうだった。

 そんな、結婚式直前の時間、僕は、今回の帰省のもうひとつの目的を実行に移した。それは、最近夢にまで出てくる、高校生の頃に通い詰めた駄菓子屋に行くことだった。高校生の僕は、授業はほとんどでない、それなのに、部活には毎日きちんと参加しているという、ちょっとお茶目な男の子だった。関東でベスト8にまで行ったほど強かった、僕達、太田東高空手道部の練習は、強さと比例してとても激しく、学校帰りの僕達は、いつもお腹がペコペコだった。そんな僕達の胃袋を満たしてくれたのが、その駄菓子屋の駄菓子と焼きそばだった。

 太田を離れて10年以上の月日が経ち、僕の記憶も曖昧、街もすっかり変わってしまい、駄菓子屋を見つけるのはちょっと大変だった。かすかな記憶を必死にたどり、やっとの思いで駄菓子屋のあった所を見つけだす。車の中から遠目に見る感じでは、とてもやっているとは思えないほど、もともとボロかった駄菓子屋は、さらに風化している。「やっぱ、やってねぇよな」と呟きながらも、諦め切れない僕は、入り口のよしずを避けて、中を窺う。

 その瞬間、僕は、息を飲んだ。僕の視線の先に、あの駄菓子屋のおばちゃんが、10数年の時を越え、タイムマシンで現れたかのように、昔とそっくりそのままの姿勢で、ひとりぽつんと座っていたのだ。これは、夢か幻かといった心持ちのまま、僕は、ふらふらーと中に入る。すると、これまた昔とそっくりそのままの声とフレーズでおばちゃんが言った。「なんだ?菓子か?それとも、焼きそば焼こうか?」

 僕は、おばちゃんに言った。「おばちゃん、焼きそばの超大盛りちょうだい。えーと、いくらだっけ?」おばちゃんは、もう、鉄板にラードを落としながら、面倒くさそうに答える。「500円だよ」ここの焼きそば、10数年、まったく値上がりしていない。

 おばちゃんが、そばとキャベツだけの焼きそばを、相変わらずの鮮やか手つきで焼き始めた頃、やっと気持ちに余裕のできた僕は、しみじみと駄菓子屋を眺める。相変わらず、ちょっと埃のかかった駄菓子、いつのものかわからないゲーム台。すべてが懐かしく、ここだけ時間が止まっているようだ。だが僕は、ひとつだけ、僕達のいた頃と違うことがあることに気付く。駄菓子屋の至る所に、油性マジックで落書きがしてあるのだ。

 おばちゃんに聞いてみる。「おばちゃん、落書きひどいねぇ。最近の子どもは、怒ってもこんなの書いちゃうの?」おばちゃんが、わかってないな、お前はという顔で口を開く。それが、久々に聞く、おばちゃん独演会の始まりだった。

 「最近の子は、本当にかわいそうだよ。家でも学校でも、あれやっちゃダメこれやっちゃダメだろう。
相手は子どもだよ。一体どこで発散したらいいんだい。おばちゃんはね、子どもがここで何やっても絶対怒らないのさ。ここは、子どもの自由な遊び場なんだよ」僕は、その絶対怒らないはずのおばちゃんに、うっかりおばあちゃんと言って殴られたことを思い出し、必死に笑いを堪えながら相づちを打つ。

 「最近の学校はおかしいよ。たばこ吸ったっていって、子どもを叱る先生がたばこ吸っているし、茶髪っていうの?あれなんかも生徒を叱るけど、先生達もしているもんね。だいたい、先生ってのは、本当に尊敬されるような人が自然と呼ばれる呼び方で、強制するものなんかじゃないんだよ。言葉で従わせるんじゃなくて、自分の行動で模範を示せっていうのさ」おばちゃんはさらにヒートアップする。

 「この間もさ、子どもが、学校で戦争のビデオ見て可哀想だった、おばちゃん戦争の頃に生きていたのって聞くから、言ってやったのさ。映画やテレビでやっている戦争はうそっぱち。本当の戦争は、空襲受けた後にゃ、手や足がちぎれた人がゴロゴロ転がっているような、本当の地獄絵図だよ、この太田もそんな有様だったんだよってさ。子ども達は黙り込んでいたけど、それでいいんだよ。ありのままを隠さず教えて、考えさせるのが本当の教育だろ?」その論評のあまりの切れ味に、心の中で唸る僕をしり目に、おばちゃんは時事ネタにまで、その毒舌を振るっていく。

 「最近もさ、17歳の子が続けて事件を起こしたら、大人がみんなで寄って集って、子どもがおかしくなったとか言っているだろ?あんなのおばちゃんに言わせれば、大人の責任だっていうのさ。子どもはいつの時代も大人の真似をして育つのさ。ってことは、子どもがおかしくなったのなら、その時代の大人がおかしいってことだろう。そこから、変わらなきゃ、子どもは変わらないよ」僕は、だんだん、おばちゃんをこのまま愛知にさらって、子育て支援か教育の講演会を開きたい気分になってきた。

 おばちゃんは、その後も、超大盛り焼きそばをじゅうじゅう焼きながら、圧倒的な迫力でしゃべり続けた。その説得力と面白さに、僕は、おひねりを投げたくなったほどだった。焼きそばが、もうもうとうまそうな湯気を上げ始めた頃、おばちゃんが呟いた。

 「太田市は、学校の先生の半分でいいから、おばちゃんに給料払うべきだよ。学校の先生の何倍も子どもにいろんなことを教えているんだからさ。まあ、くれやしないだろうけどね」本当にそうだなぁと僕は思った。おばちゃんは、僕が聞いているかいないかなどお構いなくさらに続けた。

 「おばちゃんはね、子ども達のためにお店をずっと続けてやりたいんだよ。子ども達が、ずっと好き勝手できて、家や学校での愚痴が言えるようにさ。別に駄菓子屋じゃなくてもいいんだけどさ、おばちゃんだって、かすみ食べて生きていく訳にはいかないだろ?だから焼きそば焼いて生活してるんだよ」

 こんなことやっていて、儲かっているのかと高校生の頃不思議に思ったことを思い出す。おばちゃんがまさか、そんな気持ちで僕達に焼きそばを焼いていてくれたなんて、思いもよらなかった。

 驚きとともに、僕は、最近たくさんかかってくる電話のことを思い出す。それは、ふわりに入会したいけれど、お金が払えないという人の電話だ。ある人は、母子家庭であったり、ある人は年金世帯であったり、またある人は、生活保護世帯だったりする。母子家庭でお母さんが倒れた、助けて欲しいと電話の先で詰め寄るおばあちゃんに、うちは会費会員制なので、そうは言われても対応できません、役所に相談して下さいという時の辛さ、悔しさ。自分の力の無さが恨めしく思える。

 その結果として、ふわりはお金持ちしか相手にしない、ひどい団体だという噂を直接耳にすることもある。僕達も、かすみを食べては生きていけなので、焼きそばの代わりにサービスを買っていただいているだけなのに。本当に悪いのは誰なのか。僕も、おばちゃんの言うように、行政から給料をもらいたい。そうすれば、焼きそばをお金のない人に、タダで配ることもできるのだから。

 そんなことをもんもんと考えていると、いつの間にか焼きそばを包んだおばちゃんが、僕に言った。
「はい、500万円!」僕は、お約束のように、すまなさそうに「出世払いで勘弁して」と、500円をおばちゃんに渡す。おばちゃんの焼きそばは、涙が出るくらいうまかった。それを食べながら、僕もおばちゃんに負けないくらい、長くいい仕事をしたいなと、自分の未熟さと一緒に噛みしめた。「女性に年を聞くなんて失礼だよ!」と怒鳴られながら聞いたおばちゃんの年齢は、75歳だった。
 
出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」2001年1月 『街の中でふわりふわりと考える』“より


一つ前のページへ戻る
FirstUpload 09/11/27-18:17
LastUpdate 10/01/30-17:24


Copyright © Hiromoto Toeda All Rights Reserved.