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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
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街の中でふわりふわりと考えるvol.6「ひとりの手」

 まだ寒い季節だった。ある日ふわりに来た営業の方は、絵画の即売会を福祉団体とタイアップして行うアートフォレストという東京の会社から来たと言った。
 
 最近、ふわりのような貧乏団体でも、何を勘違いするのか、小豆の先物取引をしないかとか、我が社の新製品をぜひなどといって怪しい営業マンが次々来るので、その日も僕は、その方にも、失礼ながら早々にお引き取りいただくつもりだった。
 
 しかし、話しを聞いているうちに、絵がどうとか、お金がどうとかいう次元ではなくて、お互いが持っている福祉観みたいな所で意気投合。この人に騙されるなら本望という気持ちになってしまった。
 
 何より、その営業の方が持ってきた絵画展企画の4000通の招待状をふわりの説明をしながら手渡しで渡すという仕組みが気に入った。行政にふわりの活動を認めてもらい補助金をいただくには、市民の広い理解が必要だ。そのために僕は、最近ずっと、何か福祉に関係ない、一般受けすることからふわりのアピールをしたいと考え悩んでいた。絵画展は、ふわりにとってあまりにタイムリーだった。
 
 営業の方を人間的に信用したといっても、僕は結構お人好しだし、本物の詐欺師っていうのはメチャクチャ感じが良いって聞くし、ましてや絵画だものということで、騙されていないかと不安になる。そこで、開催決定にあたり、以前に同じ業者で絵画展を開催したという施設にあたってみる。絵が偽物ではないか、怪しい会社じゃないのかなど、当然のように思いつく疑問を全部ぶつけてみた。
 
 「大変だけど、人の輪を広げるにはうってつけ」と旧知の信用できる人にお墨付きをもらったので、僕的にはかなりすっきりして第一回絵画展実行委員会に参加した。ところが、後に熱血絵画展実行委員長になる利用者のお父さんが、僕が感じた疑問をそっくりそのまま会議に来ていた営業の方にぶつけていた。「こりゃ、どんなに説明しても拒否反応を示す人がでるね」と直感する。
 
 案の定、ふわりの説明不足、配慮の無さも大きかったが、多くの方が「この絵画展、大丈夫?」と心配して下さった。また、現状に満足されているのか、ふわりを安定させるため協力をと呼びかけても、あまり興味がない人がふわり関係者の中に結構いたりすることもわかり、ふわりの将来展望のうえでとても勉強になった。
 
 こちらが思っていたよりふわりに気持ちを寄せてくれていない人、逆に今まであまりわからなかったけど、すごくふわりのことを思ってくれている人などが結構はっきりわかり、ほーと思った。そして、どちらもそれでいいのだと思った。
 
 ふわりに自分の子どもの将来まで託そうとする人と、今一時の支援を求めている人とでは利用の仕方、関わるスタンスが違って当たり前だし、いろんな人がいろんな立場、考え方で関わっているという意味で、ふわりは健全な組織だと思った。
 
 面白いもので、どちらかというと一般の人は絵画展を疑ったりしないようで、今までふわりに関わりのなかったような人達が次々に実行委員会に現れるようになった。「絵が好きだから」とか「ふわりに関わりたかったけど、介助はできないからこういう機会ができてうれしい」とかいって、人の輪が大きくなっていった。
 
 絵画展当日は、灼熱地獄。梅雨の真っ最中だから大丈夫だろうとラテンの血が騒いで、超楽天的にクーラーのない会場を選んだのが大はまり。絵画展示会場の2階フロアに上がってきた人に、ちょっとでもなごんで頂こうと「2階は、今日特別に暖房を入れてあります」とギャグを飛ばすと「何のためにですか?」と真顔で聞かれてしまうくらい暑い3日間になってしまった。
 
 それでも、レセプションと合わせて1086名の方が来場して下さった。たくさんの励ましの言葉を頂いたり、寄附・賛助会費をいただいたり、議員さんがふわりのことを議会として取り上げてくれると言って下さったり、サポーターが増えたり、何より、これからのふわりにとって大きな財産になるであろうたくさんの出会いがあったり、本当にふわりが一回りも二回りも大きくなった気がした。
 
 絵画展最終日の会場撤収作業が終わった後、居酒屋で大盛り上がりの実行委員会打ち上げをした。会員のお父さん、お母さん、サポーター、スタッフ、絵画展に関わったいろいろな人が絵画展の成功を時に涙を流し喜び合っていた
 
 ある目的に賛同した自立した市民が、個々の自発性に基づいて集まり活動するという、市民活動本来の姿がそこにあった。その光景を見ていた時、ふと、僕の頭の中に、昼間読んだ絵画展来場者アンケートの言葉が浮かんできた。「この絵画展に来て、{ひとりの手}という歌を思い出しました」というものだった。子どもの頃、母に何回も歌ってもらったその歌が、僕の頭の中でまわり始めた。
 
ひとりの小さな手 なにもできないけど
それでもみんなの手と手をあわせれば なにかできる なにかできる
ひとりの小さな声 なにも言えないけど
それでもみんなの声をあわせれば なにか言える なにか言える
ひとりの小さな目 なにも見えないけど
それでもみんなのひとみでみつめれば なにか見える なにか見える
ひとりであるく道 遠くてつらいけど
それでもみんなの足なみひびかせば 楽しくなる 遠い道も
ひとりの人間は とても弱いけど
それでもみんながみんなが集まれば なにかできる なにかできる

 
 「一人では何も出来ない、せいぜい神様にお祈りする事くらいしか出来ないだろう。でも団体の力はすごい、あたりまえの事なんだろうけどやっぱすごい。私も活動して行こう、皆さんと共に。その方が神様にお祈りしているより確実に道は開けて行くだろう。(なんだか目覚めちまったぜ)」絵画展準備期間に、ある利用者のお父さんからもらったメールだ。ふわりの目指す道は、遠く険しい道だけど、僕もみんなでなら、歩けそうな気がした。僕は、なんだかたくさんの愛を感じちまったぜ。

 
出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」2000年7月 『街の中でふわりふわりと考える』“より


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