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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
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街の中でふわりふわりと考えるvol.5「入浴料500円」

 桜散らしの雨が降る。僕は、この仕事を始めてから、送迎の帰り道の車中で、いろいろな考え事をする習慣になった。その日も、半田を30分ほど離れた街まで、利用者の方を送りに行っていた。その帰り、半田で一番桜がきれいと言われている公園前の桜並木道を走っていると、折からの雨に打たれて散り始めた桜の花びらがふわりの車のフロントガラスに次々と張り付いた。

 「あぁ、もう桜も終わりなんだ」僕はつぶやいた。ふわりの春は、利用者の定員増があったり、スタッフが増えたり、デイサービスが始まったり、イベントを増やしたりで、スタッフ一同、ほとんど休みが取れない忙しさだった。
そのため、桜が車のフロントガラスに張り付き、自己主張してくれるまで、僕は、春を迎えたことの実感すら、あまり感じていなかった。

 「うーん、桜をゆっくり愛でる時間もないのは、問題だね」そう考えながら、忙しかった日々を思い返す。「ふぅー」と深いため息が、思わず口から漏れた。

 この春のふわりの変化で、僕を一番疲れさせたのは、右も左も解らない新職員にいろいろなことを教えたことでも、なかなか進展しない上に大どんでん返しを喰らったデイサービスのための役所との交渉でもなく、実は、入浴料500円を新料金メニューとして登場させたことへの利用者の反応だった。

 1400万円の予算規模で、40万円しか繰り越しが残らないという綱渡り貧乏経営のふわり。思いの外かかる水光熱費をなんとかしたいのと、将来ふわりが移転などと言ったとき(今の建物は5年契約)、風呂・トイレを作り直すお金もないことから、少しでも積立をと思って、自分なりには、これでも押さえて控えめにお願いしたつもりの入浴料500円。これが、利用者の方から、かなりお叱りを受けることになった。

 お叱りの最初は、運営委員会。「NPO法人の申請予算書に入浴料の項目がないと、将来的に困るし、風呂の設置費を現在の入浴利用実績で割ると、一回1500円以上もらわないと、5年で設備投資費が回収できない計算」などと、入浴料を新設する理由を口に泡を飛ばして説明した僕に、運営委員の半数を占める最大派閥、利用者のお母さん派が一斉に蜂起した。

 「あんた(注釈:お母さん達は、僕を、怒るときはアンタ。ややこしいお願いをしに来た時は、猫なで声で戸枝さんと呼び分ける)、こんな値上げ、利用者が納得すると思っているの?」

 怒鳴られるならまだしも、今回は、冷静を装い、声が変に低い。長年のつき合いから、先方がかなり怒っていることを瞬時に悟る僕。怖い。やられる。

 「あんたは、500円くらいと思っているかも知れないけどね、私たち主婦は、食品1つ買うにも、1円2円の値段の違いでスーパーをはしごするような生活しているのよ。その辺の金銭感覚がずれているんじゃない?」明らかな論理のすり替えだが、妙に説得力があり、その迫力にも押されて、僕は言葉を失った。

 頭の混乱した僕が、「スーパーを車ではしごすると、値引き分より、移動にかかるガソリン代の方が高いんじゃないか?」という、まったく論議と関係がなく、その上、主婦が一番激怒する、決して言ってはいけない事実を口走ろうとしたその瞬間、クイーンエリザベス鏡す罎里茲Δ福⊃澄垢靴素晴らしい助け船が溺死寸前の僕を救出する。

 それは、若いお父さんの発言だった。「ちょっと待って下さい。僕は、戸枝さん達の給料の低さを考えたら、500円くらい仕方ないと思います。30過ぎた人が300万ちょっとの年収で働いているなんて、申し訳なくて。行政にこの活動が認められて、補助金が付くまで、みんなで頑張ってふわりを支えないと」

 うぅっ。僕は、感激のあまり、そのお父さんの背後にお釈迦様のような後光がはっきり見えた。すると、反対意見を言っていた方達もみんな考え込み、「障害のあるもののふつうの生活を支援している人が、ふつうの生活をしていないのって、確かにおかしいよね」と口々に言い始めた。あぁっ。僕には、その場にいるすべての人の背後に観音様のような後光がはっきり見えてしまった。

 ちょっとオカルティックな運営委員会をなんとか乗り切り、利用者の方へ、NPO法人設立総会後の利用者懇談会で、入浴料新設の説明をする。

 やっぱり、お母さん運営委員の感覚が正しく、値上げと受け取り、納得されない方からの質問がある。懇談会後も、利用者アンケート上や直接スタッフに寄せられる意見などで、入浴料への逆風は続いた。

 「結局、ふわりへの公的補助がないという福祉の貧しさを、親が背負うのか、スタッフが背負うのかっていう、同士討ちなんだよねぇ」生活支援サービスの制度化という同じ目的に向かって戦うはずの同士から攻撃されたことが、僕を弱らせているんだろうと悟る。「経営が大変なら、僕達スタッフの給料を下げろっていうことかな」と思いかけて悲しい気持ちになり、散り急ぐ桜を見上げる。

 ちょっとブルーな気持ちでふわりのドアを開けると、ぼんっと誰かが僕の足下にぶつかるように抱きついてきた。満面の笑顔がそこにあった。
 そうだよね。僕は、ひとつだけ確かなことに気が付く。それは、これ以上、この人達に福祉の貧しさを背負わせ続けるのだけは絶対におかしいってこと。

 僕の想いをひとつの笑顔が優しくふわりと包み込んだ、ある春の日の午後。

 
出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」2000年4月 『街の中でふわりふわりと考える』“より



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