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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
時間の許す限り。ごゆるりとお立ち寄り下さいね。

街の中でふわりふわりと考えるvol.4「虎蔵の牙」

 戸枝家には、虎蔵と八兵衛という二匹の猫がいる。虎蔵は、今年8歳のトラ猫の♂。八兵衛は、今年6歳で白地に黒のブチ柄の♂。二匹とも道端で拾った。
 
 先日、その二匹の猫のうち、虎蔵の右上あごの犬歯が、根元からすっぽり、きれいに抜けた。抜けた瞬間、本人もビックリしたようで、あわてて猫トイレに駆け込み「フ〜〜!」と唸り声をあげ、しばらく出てこなかった。
 
 トイレに立て籠もる虎蔵に、僕は、血だらけの牙を手で持ちながら、動揺を抑え、一生懸命落ち着いた声を作って話しかけた。「とらちゃん!怒ってたって仕方がないでちょ。出てきて見せなちゃい」猫に話しかける時、僕は決まって、何故か赤ちゃん言葉だ。
 
 「くーるるるぅ」我に返った虎蔵が、ビックリしたことと痛かったことを訴えながら、猫トイレから出て、僕にすり寄ってきた。「おー痛かったね、よちよち」と言いながら、僕は、虎蔵を抱き上げる。虎蔵が落ち着くのを待ってから、口を開けさせ、牙の抜けた歯茎をのぞき込むと、ポッカリ穴が開いていた。
 
 その日は、夜遅かったので、翌日、朝一番で、かかりつけの獣医に行く。虎蔵は、動物病院がとても嫌いで、連れて行くと恐怖から腰が抜けてしまい、まったく動かなくなる。お陰で、受診は楽だ。診療台に載せられた虎蔵に、寝袋のような形の拘束衣が着せられる。
 
 しかし、超デブ猫の虎蔵は、拘束衣が小さくてなかなか入らない。「めちゃでかいな、この猫」先生があきれ声をだす。毎日、たくさんの猫を見ているであろう獣医に、しみじみそう言われると、ちょっとショックだ。その場で、体重を量られる。7.5Kgを記録。先生さらにあきれる。
 
 抜けた牙の穴を洗浄消毒してもらいながら、僕は、先生に聞いた。「抜けた原因は、やっぱり老化なんですかね?」先生が答える。「ああん?そう、老化。」相変わらず、愛想のない医者だ。
 
 虎蔵の老化を認めたくない気持ちの僕は、さらに勇気を振り絞って聞いてみる。「っていうことは、他の歯も、抜けちゃうんですかね?」先生は、さらにぶっきらぼうに答える。「ああん?そりゃ、抜けるさ。どんどん抜ける。年だからな。人間ならもう50歳過ぎだ。」本当にデリカシーのない医者だ。
 
 化膿止めの注射をしてもらい、飲み薬を貰って、虎蔵を連れ、車に乗り込む。僕は、キャリーバッグの中で小さくなっている虎蔵が可哀想になり、バッグから出したやった。
 
 思い返すと、虎蔵は、拾った時、まだへその緒が付いていた。3時間置きにミルクをやって、排泄をさせなければいけなかったので、僕は半年ほど、どこに行くにも虎蔵をかごに入れて連れて歩いていた。初めは、手のひらにすっぽり収まっていた虎蔵がみるみる大きくなり、かごが狭くなっていった。虎蔵は、産まれた時から車に乗っていたので、ドライブが大好きな変な猫になった。
 
 バッグから出た虎蔵は、助手席で体を伸ばし、窓の外の景色をじっと見つめていた。その後ろ姿を見ていた僕は、小さい時、体を精一杯伸ばして窓の外の景色を楽しそうに見つめていた虎蔵を、急に鮮明に思い出した。
 
 その瞬間、あの小さく可愛かった虎蔵が、年をとり、老化をし、今まさに死への準備段階に入ったという事実が僕の心に深く入ってきた。気が付いたら、目から次々と涙が溢れ出し、胸が締め付けられて、とても苦しかった。
 
 何かを深く愛せば愛すほど、別れの時、ひどくつらい思いをする。楽しい思い出があればあるほど、その楽しさの何倍ものエネルギーを持って、別れの傷は痛く、深く胸に刻み込まれる。
 
 AIBO(アイボ)を代表とする、デジタルペットと言われる「死なない」動物型ロボットや人形が、今、とても流行っている。愛する前に、傷つくことに身構えてしまう。今の人々に「死なない」ということは、とても受けるのだろう。深く愛さなければ、深く傷つかないのだ。
 
 でも、僕は、限りある命だからこそ、虎蔵がこんなに愛おしいのだと思う。そして、この数年のうちに来るであろう彼との別れで、心に大きな穴があいてしまうとしても、こんなに深い出会いが、僕の人生にあったことに感謝するだろう。限りある時間の中で、偶然出会い、ともに歩けた思い出は、どんな痛みをも越えて素晴らしいし、ある意味で、その痛みすらが愛おしく思えるから。
 
 ふわりを始めて1年、たくさんの方と出会った。そして、会えば会うほど、その存在が自分の中で大きくなっていった。限りある存在だから、一日いちにちが大切に思えてくる。傷つくことなんて忘れて、好きになってしまった。
 
 施設を退職してからのこの2年、ふわりの開所に始まって、NPO法人格の取得、来年度のデイ・サービス(小規模作業所)開始に向けた準備、愛知県の地域生活支援サービス組織の立ち上げと、僕は一気に走った。
 
 その様子を見て、「急ぎ過ぎだ」「足下を固めてから」たくさんの方からアドバイスをいただいた。確かに、たくさんの小さな見過ごしがあるだろう。
 
 でも、待てない。猫一匹でメソメソする弱虫な僕は、1年でも、地域生活支援システムの整備が遅くなればなるほど大きくなる、ふわりのみんなとの別れの可能性が恐ろしい。もっと時間を共有したい。だから、僕は、走るのです。
 
出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」2000年1月 『街の中でふわりふわりと考える』“より


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