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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
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街の中でふわりふわりと考えるvol.2「龍馬と海舟」

 僕の入所施設嫌いは、この業界ではちょっと有名だ。施設職員だった頃も、入所施設の職員さんがいる研修などで、堂々と「入所施設なんて、早く無くなってしまうといいですね」なんてことを言っていたものだから、よく、いろんな方から叱られていた。
 
 別に僕は、現状の入所施設の果している役割や職員さんの頑張りを否定しようとしている訳ではない。僕の言う、「入所施設が無くなる」ということは、入所施設という建物が無くなることを言っているのではなくて、どちらかというと情念的なことを指している。キーワードを並べると「本人の望む地域での暮らしからの隔離」「本人の望む人との暮らしからの隔離」「本人の望んでいる暮らしからの乖離」「個性の尊重されにくい集団性」そういった事柄が早く無くなるといいなということを言っているのだ。
 
 先日、ある入所施設の施設長さんと飲んだ。その施設長さんは、入所している方たちをできるだけグループホームなどの方法で地域に戻したいと頑張っている人で、知的障害のある方の地域生活を僕たち地域生活支援に関わる者と同じ目線で話せる人だ。
 
 突然施設を辞めた僕のことを気にしていてくれたらしく、近くに来たついでにふわりに寄ってくれた。しばらくふわり見学をした後に、居酒屋で飲むことになった。
 
 少し薄暗い居酒屋でビールを傾けながら「あんなに頑張ってたのに、突然施設を辞めちゃうんだもんなぁ」と施設長さんが呆れたようにつぶやく。言葉の端に「何を考えているの?」という問いかけを感じた僕は、今の自分の心境を大好きな幕末の維新の流れに準えて話した。
 
 「坂本龍馬になりたかったんですよ」施設長さんの何を言い出すんだという顔を気にせずに僕は話し続ける。
 
 「施設職員として、一生懸命働けば働くほど、今の施設中心の福祉に限界を感じちゃったんですよ。障害があっても皆さんオリジナルの自分らしい生き方をしたいと思っている。でも、今の施設の職員数や組織では集団での援助しかできない。一人ひとりの個性とか可能性みたいなものが見えてくればくるほど、この人達への援助の仕組みは今の形じゃまずい、改革が必要だという確信が募っちゃて。自分がおかしいとか壊さなきゃと思っている枠組みの中に自分がいることが苦しかったんですよ」施設を辞める決断をした頃のなんともいえない思いが胸に蘇って来る。
 
  「そう思い詰めちゃったら、やっぱり脱藩しかないなと思ったんです」話の読めた施設長さんがふっと笑う。
 
  「土佐藩に留まって中からの改革を目指した武市半平太は、結局、変化を望まない人達に足を引っ張られて志を果たせなかったでしょ。坂本龍馬は脱藩して何もかも捨てて自由だったから、改革という目標のためには誰とも手を組めたし何でも言えた。大きな改革を目指すなら、自分を信じて浪人になるしかないと思ったんですよ」
 
  すっかり話し終えてから、心を許しているからとはいえ、大きな入所施設の施設長さんに現状の施設を否定するような話しをしてしまって拙かったなぁという思いが過ぎる。施設長さんが口を開いた。
 
  「坂本龍馬になるとは大きく出たねぇ」そして、続けた。「戸枝さんが坂本龍馬なら、僕は勝海舟になるよ」ちょっと怒られるかなと思っていた僕は、その意外な言葉がとてもうれしくて心のもやが一気に晴れたようだった。
 
  幕末の徳川幕府にあって、早々に幕府の限界を悟り、神戸に軍艦操練所を創設し、幕府の金で倒幕、そして、新しい時代を担う人材を育成した勝海舟。
 
  施設長さんは、幕府の中で、幕府のお金を上手に使いながら新しい時代を切り開いていった海舟に自分を準えて、施設の中からだって改革はできるよ、今の施設や制度を上手に使って改革を狙ったらいいじゃないかといっているのだ。
 
  僕はとてもウキウキした気分になった。「龍馬と海舟が両方揃ってるんじゃ、愛知の知的障害福祉の未来は、めちゃくちゃ明るいですねぇ」そういう僕に、施設長さんは悪戯っぽい顔で笑っていた。
 
  その晩僕は、ほろ酔い気分で家に帰って布団に入り、施設長さんの施設が個室化して、小規模化して、街の中の一軒家になったりしたら面白いななどと考えた。その隣に、地域生活支援をしている団体が作ったグループホームがあったりしたら笑っちゃうななんてことも考えた。障害のある方のより良い生活を施設側・地域生活支援をしている側が両方とも真剣に追求して行ったら、実は、同じような援助の形で、いつか街の中で出会うのかなとそんな愉快な夢を見た。
 
  そのためには、施設側にはたくさんの勝海舟が出て来なければいけないし、僕は僕で、坂本龍馬になろうとしている脱藩浪士達と手を組んで、新しい福祉の形を真剣に模索していかなければと思う。
 
  施設で働いているとか、地域に出ているとかじゃなくて、いかに障害のある方の声にきちんと耳を傾け、その幸せを真剣に考え行動しているかが、今、問われているのだということを再認識させられた、素敵な夜だった。
 

戸枝 陽基
 出典 ”季刊誌「ふわふわ」1990年7月『街の中でふわりふわりと考える』“より


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