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Hiromoto Toeda Archive
戸枝 陽基(とえだ ひろもと)ワールドへようこそ。
時間の許す限り。ごゆるりとお立ち寄り下さいね。

街の中でふわりふわりと考えるvol.1「カルピスウォーター」

 小さい頃、大工をしていた僕の実家に、取引先からお歳暮なんかでカルピスの詰め合わせが届くことがあった。母は、お客さんが来たら出そうと思うのか、押し入れの奥深くにそのカルピスを隠すのだが、僕は、そういうのを発見するのが7人いる兄弟の内で一番得意で、見つからないように瓶を開けては、ちょっとずつ飲んでいた。
 
 今思えば子どもの浅知恵、このくらいは大丈夫、まだわからないと少しずつカルピスを飲んでいるつもりが、幾日かそれを続けていると、誰の目にもわかるほど瓶の中のカルピスは少なくなる。ほどなく母に見つかり、ひどく叱られたりしていた。
 
 ある暑い日のこと、お父さんがお医者さんをしているS君の家に遊びに行った。「外は暑かったでしょ」と言って、S君のお母さんが僕に出してくれたのは、カルピスだった。のどがカラカラだった僕は、そのカルピスを急いで一口ごくんと飲み、驚いた。その口に含んだカルピスが、いつも僕の飲んでいるカルピスと比べて、あまりに濃く甘ったるかったからだ。
 
 「うげえぇ!なんじゃ、このカルピスは?僕はいつもビビってちょっとしか原液を入れない薄いカルピスを飲んでるけど、本当はこのくらいたくさん原液を入れるものなのか?ちょっと濃すぎやしないかね?」
 
 毎日この濃く甘ったるいカルピスを飲んでいるであろうS君を「あんなの飲んでいて、虫歯になったりしないかね」などと余計な心配をしながら、僕は家に帰った。そして、夜、布団に入り、そのカルピスののどに絡みつくような濃い味を思い出しながら、心の中で「金持ちカルピス」を名付けた。
 
 僕は、昔から友達によくわからないことに深くこだわる奴だなと言われる。カルピスも、金持ちカルピスを飲んで以来ずっと、「正しいカルピスの濃さって、どのくらいなんだろう?」と気にしていた。
 
 そんな僕の疑問に答えるかのように、数年前。カルピスウォーターなるものが発売された。それは、原液のカルピスが初めから水とともに缶に入っている。カルピスの会社自体が売りだしたのだから、これを飲めば、カルピスの正しい濃さというのか、少なくとも、会社がどのような濃さで飲んで欲しいと思っているのかがわかる。初めてそれを飲むとき、僕は結構ドキドキした。
 
 「むうぅ!なんだぁ、貧乏カルピスじゃんかぁ」カルピスウォーターは、思っていたよりも薄味で、どちらかというとS君の家の金持ちカルピスより、僕がビビりながら作って飲んでいた貧乏カルピスに似た味だった。
 
 「なんだ、S君の家が間違ってたんだぁ」僕は、ちょっとうれしくなった。自分の飲んでいたカルピスは、あながち間違っていなかったのだということがうれしかった。「家が貧乏だったお陰で、正しい濃さでカルピスを飲んでたんだなぁ」とよくわからない感慨にふけっていた。
 
 金持ちカルピスを飲んで20年近い年月が過ぎていた。時間はかかったが、カルピスウォーターの出現によって、「正しいカルピスの濃さ」という疑問が晴れ、すっきりした。そういえば最近、お伺いした家でカルピスが出されても、金持ちカルピスになっていることがなくなったように思う。基準がはっきりするっていうことは、そういうことなのだろうか。
 
 この春、生活支援サービスを始めようと決心した僕は、昨年の春に長年勤めた施設を退職し、1年間、実際に訪れたり、文章で学んだりして、いろんな形の生活支援サービスを見てきた。その中で、カルピスに抱いたような疑問を、今、生活支援サービスに持っている。
 
 この1年は、どのくらいのサービスを、どんな仕組みで、どのくらいの料金で、どんな職員体制でやる生活支援サービスが理想的なのだろう?という問いの答えを探し続けた1年だったが、実際にサービスをやっている方々が僕に教えてくれた答えは、「それがわかっていたら苦労しないよ」ということだった。
 
 通所施設で職員が残業してそこの通所者を預かる。親はいつも見てくれている職員に預けるから安心とか言ってるけど、だったら、24時間365日同じ人がケアしてくれる入所施設を何で嫌がってるんだろうと思う。利用料1時間200円もらって、貧乏だけど頑張ってますとさわやかに語る事業所の職員さん。あなたのケアはそんな安物のケアじゃないでしょと思う。入所施設がショートステイをレスパイトと言っていたりする。行政から補助金もらったばかりに柔軟なサービスが展開できなくなった事業所、少ない職員・補助金なしでも輝いている事業所、生活支援サービスの明日はどっちにあるんだろう。
 
 生活支援サービスの場合、カルピスと違って、国がほどよい感じの生活支援サービスを提起してくれるなんてことは当分ないだろうから、今は、いろんな所で、いろんな形のサービスが試される時期なのだろう。どんなサービスが基準となるのか。きっと、その答えはカルピスウォーターと違って画一的なものではなく、そのサービスのある街の文化や地域性、また、サービスを利用する個々の人で違って来るんだろう。生活ってそういうものだから。
 ふわりは、どんな味を出していこうか。この街に住む人がおいしいと感じる味を早く見つけたい。できれば安く、一人ひとりオリジナルブレンドで届けたい。僕は薄いカルピスが好きだけど、濃いのが好きな人がいてもいいしね。

出典
戸枝 陽基
 “季刊誌「ふわふわ」1990年4月 『街の中でふわりふわりと考える』“より


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